実務者研修受講記①🐨
こんにちは~
Rootスタッフのやなせです。
4月から二か月にわたって実務者研修を受講したんですが、その時感じたことを『Rootコラム』として記します!
わたしは家から学校が近かったため対面受講を選びましたが、オンラインでの受講者が多いようで、学校に行ったら他に生徒は誰もおらず、先生と一対一で見つめあって講義を受けるということが続きました。
先生はダイレクトにわたしに話して下さるので、それを一手に引き受け相槌をしなければいけないため、やや疲れました😅
しかし、そうしたちょっと緊張感のある座学タームも終わり、実技のクラスになると他の受講生さんも現れ、先生と一対一の空間から解放されほっとしました。
実技では、移乗や座位保持、着替えなどをしたのですが、他の人の介助の仕方を見たり、介助を受ける側になる経験ができたことはとても良い刺激になりました。
他のみなさんの介助を見て一番に感じたことは、「パワー」でした。
パワーという言葉のイメージや定義も人によって違うので、もう少し解像度を上げるなら、「力業」という言葉が一番しっくりくるかもしれません。
なので、カタカナで言うならパワーよりも「フォース」の方が的確かな??
腕力で「ぐいっ」と動かす感じの力で、やっているのを見ていても、自分が介助される時も「つよいな…」と感じました。
もちろん介助するにあたって力は当然必要なのだけれど、単に何か物体を動かそうとするのと、動かそうとする相手の存在を感じながら動かすのとでは、力のベクトルが変わってくるように思います📦
相手を動かさなきゃいけないただの砂袋のような物体のように扱うのと、たとえ言葉でレスポンスを返すことができない人であっても自分と地続きの存在として扱うこととでは、同じ力でも違う結果が生まれるのではないか…そんな違いのように思えました。
わたし以外の他の受講生さんはみな高齢者介護の現場でお仕事をされている方でしたが、高齢者介護の現場は、時間に追われていたり、一人の介助者が負うものが多いから、力業にならざるを得ないのかな、と思ったりしました。(隣の席の方と休憩時にお仕事の話を聞いたら、入った人がみな3ヶ月たたずに辞めてしまう過酷な職場環境のようで、何ともすごい世界があるんだと思ったものでした💦)
一対一の介助であることが必ずしも力業にならないことの保障になるわけではないけれど、「集団処遇」であることや、一人の介助者の負担が大きすぎることや時間に追われるということは、介助が力業になってしまう要因ではありうるのだろう、と想像しました。
わたしも、普段一対一でやっているから力業には全くならない、というわけではなく、気もそぞろになればいくらでも相手不在の力業介助になってしまいます。
でも、今井さんの介助に入って、介助というものが双方向性であるということや、介助する側も介助を受ける側もしんどくなくウィンウィンになるような力の出力や方向性について意識するようになったからこそ、今回他の受講生さんの「力業み」や「一方向性」に違和感を感じたのかなと思います。
わたしは趣味でジャワ舞踊を習っているのですが、かつて先生から「すべてがジャワ舞踊ですよ」とお話されたことがあります。
「みなさんふだんいろんな仕事をしていると思いますが、事務でも接客でもクレーム対応でもどんな仕事をしていても、つねにジャワ舞踊と思ってくださいね」と言われて、わかったようなわからないようない感じだったのですが、わからないながらも今も頭の片隅にずっと残っています。
今だに、「こういうことか!」とその意味がわかりきったわけではないけれど、ジャワ舞踊という踊りが、その場の音や空気や、風や湿度、温度…などの自分以外の存在と一つになる踊りであることを思うと、どんな仕事をするにあたっても、一方向であったり力業でなすのではなく、相手や対象を感じ、コミュニケーションし、双方向に交じり合い、受け取り、渡し合うように行うべし、ということなのかなと思います。
まだ抽象的な解釈ですが…。
受講生さんの一人が、かつて腰を痛めて動けなくなって手術をしたけど復帰したんだ…とお話されていました。
そんなハードなことがありつつも、また介ゴの世界に戻ってこられたのは本当にすごいことだと思ったのですが、この方がもし、「自分が相手の重みと一つになること」や、「自分が地面を踏んで押しているようで自分が押し返されている力」を感じながら介助をしていたら、手術しなければならないほど腰を痛めることもなかったかもしれない…と思ったりしたのでした。
かくいうわたしも、まだまだ力任せなことも多くて、全然介助がジャワ舞踊になっていないし、そんな時は今井さんからも「やなせさん、踊り子になって!」と指摘されたりします😂
また、今回の実技みたいに、自分が介助される経験をすることで初めて、自分の出力がいかに独りよがりだったかということに気づかされるということもあります。
自分がこれぐらいでいいだろうと思うものが、相手の心地よさとかけ離れていることには、なかなか気づけなかったりするので、とても良い機会となりました。
自分と相手、自分と空気や地面などの環境、自分と自分の体や呼吸、自分と自分以外の介助者…など、いろんなレベルで双方向のやりとりをしながら、自分も相手も無理のない、いい感じの介助を目指していきたいと思います💃


